グランド・セントラル・オイスター・バー&レストラン

我々は欲していた。
ロサンゼルスからJeepのPatriotで10,000キロ以上、3週間と数日のドライブを敢行した我々は、凍てつくマンハッタン島の文字通り『ど真ん中』で『牡蠣』を欲していた。

「Apple storeならwi-fiが飛んでいるはずだ」

東京から携帯したモバイルwi-fiの充電を既に使い果たした僕らは、希望的観測を元にマンハッタン、グランド・セントラル・ステーション内にあるApple storeを目指した。

そもそもの発端はチェルシーマーケットで食べた1つの牡蠣だった。

「おすすめはどれですか?」
「じゃあそれを2つ」
「うまい」「なかなかいけるね」
「すみません。それとそれをもう2つずつ」
「うん、これもいい」

翌日、それとなく牡蠣の話題になり、せっかくだからたらふく食べようと意見が一致し、その夜は駅構内にあるグランド・セントラル・オイスター・バー&レストランに行く事になった。「地球の歩き方」によれば創業100年を超える老舗だ。

「間違いない」
「ここにしよう」

異論なく2人は同意した。

それまで何をしていたのかはっきりと覚えていないのだが、とにかく日が暮れ始めるとGoogle Mapを頼りに数駅先のグランド・セントラル・ステーションまで雪の中を歩いた。2人とも歩くのが好きだったし、牡蠣を食べるために老舗レストランまで雪のマンハッタンを歩くのも悪くないと思った。道中、モバイルwi-fiの充電は切れてしまったが、無事駅にたどり着いた。オイスター・バー&レストランに向かう一歩ごとに、牡蠣への期待が膨らむのをお互いに話していた。そして、(よくある話だが)見事オイスター・バー&レストランの「Closed」の札を我々は目撃する事になった。

「さて、どうするか」
「適当に他の店に入るか」
「ここまで30分は歩いたな」
「ふむ。どうしても牡蠣が食べたい気がする」
「昨日の牡蠣は美味かったな」
「だが、wi-fiは切れている」
「Apple storeならwi-fiが飛んでいるはずだ」

というわけで、2人の日本人は牡蠣への欲求と共にApple store グランド・セントラル・ステーション店のFree wi-fiをgetし、「NY オイスターバー」だとか「牡蠣 グランドセントラル」だとかの検索ワードをiPhoneに打ち込んだ。数件の店がヒットし、ここから歩いて約30分ほどのオイスター・バーに目星をつけた。

日曜日がグランド・セントラル・オイスター・バー&レストランの休業日である事を見落とした内の一人である相棒の耳は、あと少しで取れてしまいそうなほど感覚が無くなり始めていた。ここまで大雪の中をかれこれ30分は歩いていた。後にわかることだが、昨日落ち合うはずだった友人(出張でNYにきていた)と連絡が取れなかった理由は、友人と一緒にきていた同僚が、凍った道で滑って腕の骨を骨折しており、その看病をしなければいけなかったからだった。ニューヨークはここ数日間大雪が降り続き、道路は全て凍っていたのだ。

「どうするか」
「ここまできて諦めることはできない」

旅先のテンションに惑わされたのか、本当に牡蠣が美味かったのか理由はわからないが、兎にも角にも今にも取れそうな両耳に両手を当て、夜の凍える吹雪を受けながら30分間オイスター・バーに向かって歩いた。

「着いたな」
「着いた」

店に入るなり早速ロウ・オイスターを注文し、白ワインで乾杯した。(この旅でワインを飲んだのは始めてだった。それまでは毎日ビールを3本ずつ飲むのが日課だった)

「うん、うまい」
「流石だ」
「白ワインもいける」
「もう一皿食べよう」
「これがアメリカ横断のゴールだったんだな」

腹一杯に牡蠣と白ワインを食した2人は上機嫌で店を出た。勘定はやたらと高かったが、ご想像の通りそれは問題ではなかった。店を出たところに踏まれて潰れたタバコの箱が落ちていて、それを拾って2人で1本ずつ吸った。

「こんなにうまいタバコは始めてだ」

成田で禁煙を誓ったはずの相棒の、この旅5本目のタバコだった。僕は相当に酔っ払っていて帰り道に思いっきり滑って転んだ。

「キャラ的に転んで欲しくなかったな」

そんなわけで、無事ニューヨークのオイスター・バーでアメリカ横断のゴールを手にした我々は、帰国後、東京の牡蠣を扱うレストランを予約したのだった。

 

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